ほ〜む 
ひきこもりで困る事。(5)

「ひきこもりで困る事。」の五つ目です。 ウチのURL無断リンクしておちょくってる人がいましたが、経験者にしか解らない事がある事も解らない人にあれこれ言われる筋合いないです。 私の気持ちを解れ!と押しつける気もないけれど、何を考えてはるのか理解に苦しみます。 と、苦情を申し上げてかられっつら・ごー!

(母子)共依存問題。

「支え手」に支えられる存在でありながら、同時にスケープゴートとして家族の問題の「すり替え」にもされてしまうのが、自宅でひきこもる場合、一番困る事です。>「4」にも書きましたけど。 タヌキの場合、どんな風にされていたかというと、「死ぬなら外で死んでくれ。」と言われましたし、「電気をつけると「娘さん、帰ってきていらっしゃるの?」って近所から言われるから動くな。」と、まるで、アンネの日記みたいに息をひそめて暮らす事を余儀なくされました。

かと思えば、日がな一日顔をつきあわせる母親と会話をすれば、彼女が仕入れてくるくだらない町の話をえんえんと聞かされ、プラケーター(慰め役の子)やイネイブラー(支え役の子)の役を負わされる事もありました。 鬱病の当事者を抱える家族の理解を得るのも大変だと思いますが、家族全体が共依存状態に陥っていると、問題を解決しようとする方向へ行動しようとするのではなく、逆に「外に行け」と言いながら、心療内科等には連れていかない、問題を解決しようとはしない、という矛盾を抱えていく事になります。

実際、もう何度も書いてますけどタヌキを外に連れ出したのは家族ではなく、その当時仲良くしていた某パソコン通信の仲間たちです。 境界線が曖昧で全てを隠そう、そのままでいてはいけない、なんて「自己を認められない状態」で、どうして回復して行く事が出来るんでしょうか。 >そういった意味でも、スケープゴートになりながらのひきこもりは、真の休憩にはなり得ないと考えています。

共依存、ともかく母親との間の母子共依存にだけは注意してください。 自由はお金じゃ買えません。 飼い殺しにされるよりは、とタヌキは現在、物理的距離をおいて暮らしています。


ひきこもりをやめて自立の道を進みはじめて。

これもまた、最高級に困ったことです。 共依存は最低、二人いないと成りたたないのですが、母子共依存にハマっていた(と、いうか、からめとられていた)タヌキが突然、その関係と家族を否定して家を家出同然に飛び出してから、タヌキの中の自我が徐々にハッキリしてきて家族、特に母親と意見が対立するようになりました。唯でさえ、娘であるタヌキがパソコン通信の世界の中でも独自の世界観を歩んでいく事を嫌って(本人は無自覚なのかもしれませんが。)ハンドルを変えたりして介入を試みようとしてきた母親ですが、三ヶ月程住んでいたアパートをひきはらって、ぱぱと一緒に今のマンションを自分たちで探してここに住むようになってから、事態が一気に悪化しました。

要は、彼女の言うとおりにしていなければタヌキは死んでしまう、と言う訳です(゚-゚;) 彼女の嫌がらせが余りにも壮絶で、パソコン通信の仲間たちの所にも嫌がらせメールを送りつけるようになったので、タヌキはココロ系に来ざるを得なくなりました。(まあ、これも縁だとは思いますけど、彼女のやった行為は異常です。普通の精神の持ち主のやる事じゃありません。) 電話が二時間おきに鳴り響いた事もあったし、書いてるうちに毒電波を飛ばしはじめる手紙が何通も来ました。 ストーカー被害にあった事のある人なら想像つくんじゃないかと思うけれど、加害者が実の母親である事は私を更に鬱の深淵に放り込みました。 「気が狂いそうになる」ってのは、この事だと思いました。 宅急便攻撃も壮絶で、皆も経験した事のある通販で買った靴下・洋服攻撃から、普通宅急便で腐ったキャベツを送りつけてきた事までありました。 知り合いの弁護士さんも又、重度の病人で(病人同士引き合ったのだろうか、その辺は謎。) 夜の十時にピンポンダッシュされた時は、本当に死にたくなりました。 というか、あの時代を抜けて自分が今生きている事は、本当に不思議です。

それでも、彼女がネットをはじめるまではまだ平和が続きました。 ココロ系というジャンルの中で、タヌキはタヌキなりの居場所を自分でこしらえて多少なりと安らぎを得ていたのに、その平和はある日「みーつけた!」という恐怖のメールで破られました。 ストーキングする人間の根性というものは、本当に凄まじいものがあると思います。 通院しているセンセに彼女からのメールを見せたりして秘密を外へ外へ出す事によって介入を強制的に拒絶する事は出来つつはありますが、現在進行形で彼女はタヌキの後をついてまわっています。 そして、本当の意味での「子離れ」という事を彼女は全くするつもりがないのです。

幼少期、タヌキには彼女からのネグレクト(育児放棄)と虐待の記憶があります。 彼女は、一時「一卵性母子」という単語がもてはやされた時代、友達のような親子関係というものをとても喜んでいたように思います。 当時、タヌキの自我は殺されていたも同然の腑抜け状態でしたから考えもしなかったけれど、よく考えたら凄く気持ち悪いよね。 >境界線のない親子関係。

何故、私がこうなったかも考えもせず、少し私が外に出られるようになったからと言って嬉々として親子関係を復活させよう、なんて事を思う母親をタヌキはとことん拒絶したい、というか、家族は私にとって座敷牢のようなものです。 ひきこもればサンドバックのように扱われ、出て行けば追いかけ回される。 我が家以外にもこういった経験をした人は少なくないと思います。

母子共依存は最悪です!



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